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 高校時代、ヨーロッパ大陸最高峰モンブランの登頂を皮切りに、登山に自己表現の価値を見出した野口は、世界7大陸の最高峰登頂という使命を自らに課す。高校卒業後は、亜細亜大学国際関係学部に入学。登山に必要な資金集めから事務手続きまで自らこなし、1999年3度目の挑戦でエベレストの登頂に成功し、10年の歳月をかけ、7大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立する。

 その後は、以前から気にかけていたエベレストのゴミ問題を解決するため、4年連続で世界各国の人たちと連携を図り、野口隊のリーダーとして清掃登山に尽力する。日本国内でも、富士山を取り巻く環境の問題に取り組んでいる。

環境学校校長 野口健

特に、2004年からは、「青木が原ごみゼロ作戦」をスローガンにかかげ、樹海の清掃に力を入れている。2004年に野口が企画した清掃登山は、計11回・参加延べ人数2,800人・約50トンのゴミの回収を行った。世界各地の国立公園や観光産業を目の当たりにしてきた経験から、日本の国立公園や環境保護と観光振興(エコツーリズム)のあり方について、政治・行政サイドから意見を求められ、環境省を始め、東京都の委員も務める。

 そういった経験から、富士レンジャーの必要性を訴え、レンジャー制度の導入に向けて活動している。野口の活動は多岐に渡るが、このように現在は、富士山の世界遺産登録がその中心に据えられている。それと同時に環境教育の必要性が声高に訴えられている中で、次世代の環境問題を担っていく人材の必要性を感じ、小学生から大学生まで幅広い対象で「野口健 環境学校」を開校。小笠原・富士山・屋久島などで行っている。
 今後も、日本各地の誇れる自然の中で環境学校を行い、環境の大切さを訴え実践していくメッセンジャーを作っていく。
 環境行政の不備の象徴である富士山を変えることにより、日本全国の国立公園を始めとした自然保護の新たな枠組みが伝播すると、日本全国で講演会を行い、行政サイドに訴え、「富士山から日本を変える」をスローガンに、日々、精力的に活動している。

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エベレスト登頂後、翌年清掃登山を決意した野口さん。
当時清掃登山という活動はあまり知られてなく、なかなかその活動をサポートしてくれる企業がいませんでした。
そんな時、環境活動に力を入れているコスモ石油に相談にいったところ、「それは素晴らしい」という賛同を得ました。
“環境“という面で、方向性が一致した野口さんとコスモ石油は、お互いに環境活動サポートしあいながら環境活動を行っております。

初めてエベレストに登った時、世界中の登山家が、「なぜ日本人がゴミを捨てるのかわからない」といっていました。
ヨーロッパでは環境教育が当たり前になっています。
教育をしっかりしている日本は、当然、環境教育もしていると欧米諸国から思われていたようです。
それまで野口さんの中では”環境”と“教育”が一致しませんでしたが、その時に環境教育の必要性について感じ、現在環境学校活動を行っております。

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